お江戸パラレル



四。



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 鼠小僧が予告をした日の朝。
コージは普段のようにリキッドの店へと行き、普段とは違うものを見た。
「いややわぁ、シンタローはんってば。お世辞言うても何も出まへんえ?」
「はははやだなぁお世辞じゃないよ」
 もたれかかるアラシヤマの頬がほんのり染まっているのに対し、その相手であるシンタローはなにやら土気色だ。台詞も完全な棒読みで、感情がこ もっていない。
 おいそれと近寄れない雰囲気に、出入口で足を止めていると、離れて腰掛けていたミヤギに手招きされた。


「…なんじゃぁありゃ」
「情報収集…だと思うんだども…」
「シンタローさん、林屋にも行ったみたいですよ。エグチくんとナカムラくんにお土産もらいました。アラシヤマさんは林屋のお得意だから」
 尋ねるコージにミヤギは疑問混じりで答え、料理を持ってきたリキッドが付け足して説明する。
ちなみに、エグチとナカムラとは、リキッドの店の手伝いをしている娘のことである。
 シンタローとアラシヤマのことは気にしないようにして、早速飯を掻っ込みながら、コージは二人に質問する。
「ほーなん?なして林屋なんぞに…」
「なんか、今まで鼠小僧が狙った屋敷では、お金以外に盗まれたものがあるはずだそうで」
「屋敷で違法に集めてたと思われる…御禁制もんのたぐいが、めっかってねーんだべ」
「で、市場に流れてないか、質屋やなんかを洗っているみたいですよ。そこから鼠の尻尾を掴むって」
 リキッドがはきはきと答える横で、ミヤギが憂欝そうにため息を吐く。
 「…そらまた気の遠くなるような話じゃのぉ」
「でも何ででしょうね。鼠小僧はお上が悪人を取り締まるのは邪魔しないって聞いてたんですけど」
「? ほぉなんか?」
「えぇ。盗みに入って騒ぎを起こした揚句、店側の不正の証拠をお上が見つけられるようにしてくんですよ」
「ほぉー…」
なるほど、鼠小僧が庶民に人気の出るわけである。
「で、盗まれたもんは見つかったんか?」
「出てねぇー」
ぱりぱりと漬物をかじりつつ、ミヤギが答える。
「出てないんならそれでえぇかもしれんなぁ…」
「あぁ、そうかもしれませんね」
ぽつりとつぶやいたコージの一言に、リキッドが同意した。
理由が分からす首を貸しげるミヤギに、続けて説明する。
「御禁制が決まってから、職人や髪結いなんかの中には職にあぶれる人も増えてるんですよ。
 独り者ならいいけど、家族が多かったり、病気の人がいたりすると…」
お上が不景気を何とかしようとしているのは分かっているが、と言いにくそうにするリキッドと、頷くコージに、ミヤギは目を見開いた。
 確かに、そのような人間であれば御禁制のものを売ったりしてでも金を作りたいところだ。
しかし、お上は御禁制品を所持する人間も作った人間も罰することにしている。
「トットリはそのことさ言いたかったんかなぁ…」
 ミヤギはぼそぼそと呟いて、がぶりと茶を飲んだ。
「んだども…またに迷惑さかけちまうかもなぁ…」
 そのまま憂鬱そうに言うミヤギに、今度はコージが首をかしげる。
 確かに、盗まれた御禁制の品から鼠への手掛かりを探すとなれば、話を聞いたりといったことは必要になるだろうが、何故そこでミヤギが気にするのかは分か らない。
 あの人の良い隣人のことだ、どうせ大して気を悪くすることもなく、素直に協力をするのだろう。
 そこまで考えて、何故かふと不安になる。
「そぉじゃ。トットリはどうしちょる?」
トットリを最後に見たのは、赤玉屋から山崎に送られて帰っていく後ろ姿だ。あの時自分は、何かがいつもと違うと感じた。あれは何だったのだろうか。
「昨日の夜、店に来ましたよ。コージさんのこと心配してました」
「わしのことを……?」
 恐らくトットリにしてみれば言ってほしくないだろうことを、リキッドがあっさりとばらす。
コージは、はて自分が心配されるようなことがあっただろうか?と、頭をひねり、次の瞬間、ぽん・と手を打った。
それはもしかして、今日、鼠小僧を撃退せねばならぬ自分を、もしくは、赤玉屋と役人の板挟みになっている自分を、トットリが心配しているということか。
「なんじゃぁ。可愛いとこもあるんじゃのぉ」
 トットリが自分にその感情を素直に見せることは無いだろうが。しかし、他人に対しては素直で正直なトットリが、自分に対しては我儘を言ったりするのだ、 気 を許してくれているのだと思おう。
前向きなことが己の取り柄だ。
 それよりも、今一番心配すべきなのは、トットリのことではなく自分のことである。


「お上やのおて、シンタローはんの命令やったら、わて、なんぼ無理なことでも実行しますえ〜?」
「ははははは、林屋の奴らと同じこと言ってんじゃねえよ」
 相変わらずアラシヤマとシンタローが不穏な空気を振りまいているが、それも今は関係ない。リキッドにご馳走さん、と声をかけて席を立つ。
「あ、コージさん。今日の分は俺からの奢りってことで。頑張って鼠を追い払ってくださいね」
 やっつけろ、ではなく追い払え、と言うのは、リキッドが少なからず鼠小僧に肩入れしているからだろうか。
それにしても普段はしわい男が奢りだとは珍しい。
「ほんならもっと食うとけばよかったのぉー」
「ちょ、アンタどんだけ食う気ですか!」
 軽口を叩きながら、礼を言って店を出る。
晩にはシンタローも、ミヤギ達火盗改めも屋敷周辺を張ると言っていた。
「さて、気合い入れんとのう」
一度思いきり伸びをして、帰路に着く。
 この仕事が終わったら、トットリを誘ってまたここに呑みに来ようと考えながら。







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短いけども、きりが悪くなっちゃうんでここまででいったん切ります。

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