お江戸パラレル



六。


* * * * * * * * * *




「ではコージさん。これが今回の報酬です」
 鼠が騒ぎを起こした翌日、そう言って手渡された袋は、用心棒代にしては重すぎるものだった。
「今回のことは、くtれぐれも内密にお願いしますよ」
「おぉ、わかっちょる…」

 あの後、山崎はトットリにカンザシを渡し、その足で屋敷から鼠を逃がした。
その間コージはと言えば、完全に役目を失って突っ立っていただけであった。 
雇い人であるはずの赤玉屋、しかも店主から大半の仕事を任せられている奉公人頭が盗人に協力しているのだ。
コージや他の用心棒達を実質取り仕切っていたのが山崎だったということも、何より、盗人が一時の雇い主よりも世話になっている隣人だったということもあ る。
むやみに手や口を出すのが得策でないことくらいは、理解できた。
 そのまま山崎とともに侵入者を探すふりをし、斉藤・永倉ら他の用心棒達と共に、屋敷になだれ込んできた火盗改め達を抑えるなど、ひとしきり働いたのだ が…
結局、鼠の目的は分からないままに、コージは赤玉屋を後にした。





「えーあのー…残念でしたね?まぁまた次がありますって!」
「うっせぇ!下手な慰めはいーからもっと酒持ってこい!!」
「門前で足止めとかありえねぇべ!?あいつら火盗改めをなんだと思ってんだべー!リキッド、おかわりー!!」
「まだ飲むんスかぁ!!?」
 リキッドの店に立ち寄ると、シンタローとミヤギが愚痴を垂らしながらくだを巻いていた。
酔っ払い二人の命令に、店主が泣く泣く言うことをきいている。
「獅子舞やら俺様やら、リキッドはんも毎回大変やなぁ」
「ほぉじゃのぉ」
「あんたはんはええんどすの?気にしとらんみたいやけど」
「わしぁ、他に気になるもんが出来てしもうたけぇのぉ…」
 たくあんを噛みながら、ぼうとしたまま受け答えをするコージに、アラシヤマは呆れ顔で酒を注ぎ、コージはやはりぼうとしたままそれを飲み干すのだった。

「結局しょっ引けたのぁあの番頭だけってなんだよ!?」
「叩けば埃どころかカビまで飛び出しそうな商売してたらしいんですけどねぇ」
「すかたねぇべシンタロー…・違法な商売してたんは番頭だけで、あとはギリギリ合法だったべ…」
「番頭さんが店主にも内緒で色々してたんでしたっけ?」
「本当にそうなのか、変わり身にされたのかも微妙なんだよなぁ…」
 シンタローとミヤギが大声で話している通り、火盗改めはまんまと鼠小僧を取り逃がした。
さらに、普段であれば鼠に入られた店などからも悪徳商人などがごそりと番所に送られていくのが見られるのだが、今回はそれすら伊東一人だったのだ。
残りの屋敷の面々は、少し説教を食らっただけで、ほぼ御咎めなしということになっていた。
 いくら怪しくても証拠がないので裁けないのである。
もともと法に触れることはしていなかったのか、証拠を内々で消してしまったのか、鼠が持ち去ったのか。
鼠が何を目的として屋敷に入り、何を盗んでいったのかもはっきりしない今、お上に出来ることは数少ない。
「じゃぁやっぱり悪いのは番頭だったんスよ!だって鼠はいつも、お上が違法を取り締まる邪魔はしなかったじゃないですか」
「いーね、お前単純で…」
「馬鹿だべ…」
「阿呆や…」
 鼠小僧を憧れたような眼で持ち上げるリキッドに、シンタローとミヤギ、アラシヤマが冷たい視線を送る。
コージはそれすら無視をして一人ため息を吐いた。
 
 知ってしまったのだ。鼠が何を盗んだのか、そして鼠が誰であるのか。

「ところであんさん、家にも帰らんと何時迄ここにおる気やの」
「なんちゅうか…長屋に戻りづらい………」
 隣人のもう一つの顔を知ってしまった。しかも人にばらした場合、大層な大事になる程の裏の顔である。
下手をすれば…いや、下手をしなくても、今までどおりにただの仲のいい隣人としてやっていけることは限りなく難しいだろう。
それに、もしかしたら、トットリはもう居ないのではないだろうか。それとも、逆にコージを消しにかかるかもしれない。
コージ自身は鼠小僧のことを人に話す気なぞさらさら無いのだが、はたして信じてもらえるかどうか。
「暗!」
「アラシヤマに言われちゃぁおしまいだな!」
 どよろんと、柄にもない空気をまとうコージに、アラシヤマが顔をしかめ、シンタローが混ぜっ返す。
「なしてそんなに暗ぇの?」
「大丈夫ですかコージさん…」
「……………別に…平気じゃ…」
「うっざ!いーからお前もう帰れよ!!ついでに何か臭ぇから湯屋でも行ってこい!!!」
 あまりのコージの暗さに、ただでさえ低くなっていた沸点に達してしまったのか、シンタローがどなり出す。
騒ぐ俺様をなだめようと慌てるリキッドに謝って、コージは店を出て歩きはじめた。





 行くあてもなくふらふらしていたが、いつもの習慣か、足は無意識に長屋の方向へと向かっていた。
それに気づき、シンタローの言った通り、ひと風呂浴びてこようと考える。ついでに番台の別府丸と世間話でもして時間をつぶすのもいい。
方向転換をしようと歩をゆるめたとき、横手から声をかけられた。
「あぁ〜ら、コージさんじゃない。久しぶりねぇ〜」
「あら本当、ちょうど良かったわぁ〜、手伝って頂戴な」
 強烈…もとい個性的な声と口調で、顔を見なくともその主は知れる。
トットリがカンザシを納めている林屋の看板娘(と言うには語弊があるかもしれないが…)の、イトウとタンノである。
 二人は有無を言わさぬ勢いでコージに近づき、持っていた荷物を手渡した。
「良かったわ〜、アタシ、もう腕が疲れちゃって…」
「どうせ暇なんでしょう?林屋までヨロシクねぇ」
 この二人を相手に立ち向かうことができるような強者はそういない。たとえ町人だろうが浪人だろうが、役人だって同じである。
「そうだわ!コージさん、この後ちょっとしたお仕事しない?いつもしてくれてる子が来れなくなっちゃって…」
「んー…、かまわんよ」
 今のところは懐も温かいが、どうせすぐまた寒くなる。仕事はある時にやっておいた方がいい。
それに時間をつぶそうとしていたのだから、一石二鳥だとも言えた。

「カンザシなんかにつかう玉をね、丸くするのよ。難しいもんじゃないわ。いるのはそれなりの体力と根気だけ」
林家の裏口に到着した後、荷物を持って中へ這入って行ったイトウを見送り、タンノから仕事の説明を受ける。
「此処に石をまとめて入れて、水につけて揺するの。そうすると角がとれて丸くなるのよ」
「これだけでええんか?もっとまとめてやっても出来そうじゃが…」
「頼もしいこと言ってくれるわねぇ。でも、これをなめちゃ駄目よ〜、結構疲れるんだから」
 話しているうちに、イトウが店からタンノを呼びに来る。
その後ろから、イトウに手をひかれて、コージが今もっとも避けようと考えていた人物がやってきた。
 顔を合わせて、思わず固まる二人に気付かないのか構わないのか、イトウとタンノは勝手に会話を進めている。
「タンノちゃん、ちょっと来て!!ヒロシ君の家、女の子が無事に産まれたんですって!!」
「あら本当!!? よかったわぁ〜。お祝いしなくっちゃ!!」
「そういうわけだから、ごめんねコージさん、詳しい説明はトットリさんに教えてもらって頂戴!!」
「ちょっ…ちょっと待っちゃりぃ!!」
 コージの台詞もむなしく、イトウとタンノは連れ立って店の中へと走って行ってしまう。
後には、呆然と突っ立つコージと、無表情でそれを見るトットリが残された。






「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
 カシャカシャカシャ。
無言の沈黙の中で、コージが玉の形を整える音だけが響く。
 タンノの言っていた通り、これはこれで普段使っていない筋肉を使うのか、以外に疲れるということを実感するが、それ以上に、コージは精神的に疲れてい た。
 元来、無粋で無神経な男なのである。
このような状況でどんな会話をすればいいのかなど、わかるはずもない。
トットリはトットリで、事務的に仕事を教え、それきり口を開かない。帰るわけでも何をするわけでもなく、ただコージを見ている。
 体を動かして出る汗ではない、別の汗がコージの背中を伝っていった。
「………汗臭え」
「誰の所為じゃ!!!」
 ぽつりとつぶやかれたトットリの言葉に、思わず過剰反応して叫ぶ。
トットリは、常から大きい目をもっと大きくした後、声をたてて笑い、すぐに泣き笑いのような顔になった。
 手を休めて体ごとトットリへ向けると、トットリもそれに倣う。
「…ばらさねぇの?僕んこと」
「そんなぁしてワシに何の得がある」
「礼金くらいは貰えるやろうし、旨くつなぎを作ればどこかの藩に取り立ててもらえるかもしれんよ」
「わしにゃぁ江戸での気ままな暮らしが性におうとるけぇ、仕官なんぞに興味はないわ」
「そがい言うやろとは思っとったけど…」
 吐き捨てるように言ったコージに、トットリは困ったような顔で相槌を打つ。
「ヌシこそ、逃げも隠れも口封じもせんとはどういうことじゃ。ワシがミヤギたちに話をしていたらどげんするつもりじゃった」
 トットリとここで顔を合わせたことに対して、疑問に思ったことを、直接に問う。
「んー、僕なら、それからでも逃げ切れる自信があったけぇ」
 頭を掻きながら、視線を地面にさまよわせて言う。自分に自信のあることでも、堂々と言い放てない時のトットリの癖だ。
その仕草からも、あの実力からも、言葉が嘘でないことはすぐに分かる。
伊達に長いこと隣で暮らしていたわけではないのだ。
 だが、それはそのまま、はなからコージの口を塞ぐ気がなかったということも表していた。
「江戸に愛着とかはなかったんか?」
「だぁって、コージは下手な口止めしたところで、人の言うことなんか聞くわけねぇっちゃ。
 奇襲だって、もう二度とは効かんだらぁ?」
 眉をひそめて苦々しく問えば、今度は目を合わせて言い放つ。
やはり、トットリも、コージのことをよく分かっている。
伊達に長いこと近所付き合いをしているわけではないのだから。



 お互い何も言わないまま、しばらくたった。
生暖かい風がふき、庭の木がゆれる。林家の中からは、イトウとタンノの楽しげな声が聞こえてくる。
「あー…、仕事、とっとと片付けてな」
「…おう」
 思い出したように、また仕事を再開する。細かな石は、最初に比べてだいぶ角がとれて丸くなってきていた。
「しっかしこりゃぁ、結構な重労働者のぉ」
「そげだが、女の人だってやっとるよー。林家では今まで、ヒロシくんって子がやっとった。
 お母さんが大変とかで、子供なのにしっかり働いとったよ」
そういうば、先ほどイトウとタンノがそんなようなことを話していた。
無事に産まれたとかなんとか言っていたから、おそらくお産だったのだろう。
「何ヶ月くらいやったかな、具合悪くして。
 お医者は高いし、お父さんは飾職人だけど、今の時世じゃなかなかまとまった稼ぎにはならんからね」
だから、その子供が働いていた、ということか。
 この江戸ではよくある話だ。
だが、よくある話であるからこそ、そういった家庭がひとつでも楽に暮らしていけるようになってほしいものでもある。
 コージの手の中で、石がじゃりじゃりと音を立てる。 この重さは、子供には酷だ。
「…その子の家、無事にお産がすんだってこたぁ、医者かなんかの世話には…」
「なっとったよ。ヒロシくんのお父さんがな、どこからか工面したって」
「ほぉか」
 職人の父。 その金の出所は、きっとコージの考えている通りの場所だろう。
別にそれが犯罪だろうと、それで誰も損をせず、一つの家族の幸せが守られるのであれば、コージが口を挟むような理由は一切ない。 コージだって、彼らと同 じ、ただの町人なのだから。
 むしろ、鼠の目的が何となくだがわかって、安心をした。
巷で評判の鼠小僧は、結局、コージのよく知るただのお人好しと、何の変わりも無かったのだ。
「わしにそこまでバラしてええんか?」
「何を、だぁか?僕ぁただ職人仲間の噂話をしてみただけだっちゃ」
ちらと目線を向ければ、にやりと笑いを返される。
なんてことのないやり取りが、ひどく久しぶりであるように感じた。

「あぁそげだ。コージにこれあげるっちゃ。好きにすればええよ」
 思いだしたように懐から出されたそれは、見事な玉だった。
コージはそれに見覚えがある。山崎が鼠に渡したカンザシについていた玉だ。
「結構な品だらぁ?鼠を訴えるなら、そいを証拠に役人を使えばええ。
 ただ、そいが元は何の玉だったかを探りだすんは、到底無理やろうけどな」
玉を受け取り、コージは面倒臭そうに溜息を吐いた。
トットリは真顔で焚きつけるようなことを言うが、こんなものを渡されたところで、コージがとる行動は決まっている。
 玉を上へ軽く放って、刀を抜いた。



 大きくて見事な艶をしていた玉は四つに分かれ、細かな石になって、他の小石に混ざってきえた。







* * * * * * * * * *


かなりぐだぐだしてしてましたが、一応終わり…です!!!

去年絵板で冒頭だけ上げた時には、まさかこんなになるとは思わなかったんだぜ…。
拍手とかで江戸パラ好きだと言って頂けたのを糧に、時代だのなんだのめちゃめちゃ無視して好き勝手やりました…。
というか、史実の鼠小僧は大名家しか狙ってなかったんでしたっけ?あと普段は木戸番とか色々してたとか。

まぁそれはともかく、此処まで見てくれた方、ありがとうございました〜!!


パラレル自体は好きだから、いづれ鼠小僧とは何の関係もないただのドタバタ長屋ものとかするかもしれません…。
やくざ屋さんっぽい獅子舞様とか、町医者グンちゃんとか、遊び人(仮)のキンちゃんとか出したいっす…!!



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