歴史好きに喧嘩を売ったお江戸パラレル。    


 設定。
・食詰浪人用心棒コージ
・貧乏旗本の三男坊シンさん(勿論実は将軍で)
・火付盗賊改方ミヤギ
・鼠小僧兼職人トットリ
・長屋の住人(コージとトットリの隣人?)アラシヤマ
・変り者の町医者グンマ
・脱走趣味の北町奉行、遊び人(?)のキンさん
・悪徳高利貸し赤玉屋(心戦組山南サイド)
・一膳飯屋リキッド
・賭場屋の頭ハーレム
・他にも刺客(アニメオリジナル含む)もちらほら。

こんなかんじ。 時代考証まるっと無視。 許せない人はUターンしてください。たぶん武者と忍者メイン… です。
 






壱。


* * * * * * * * * * 



 内職というものは、兎角地道で根気の要るものである。飽きっぽく手先の不器用な者にとっては、まるで地獄の責め苦のようなものだ。
しかし、片付けないことには給金は出ず、それこそ地獄の鬼のような説教をくらうこととなる。
例えこちらが帯刀した浪人であろうとも、いや、浪人であればそれだけ嫌味も、それによって受ける精神的苦痛も大きくなるのだ。
…逃げてしまいたい、が、金は要る。
ツケがたまりにたまってしまって、ここ最近は飯もろくに食べていない。

 そんなことを考えていると、ぼとりと音をたてて糊が畳に滴れた。
「あ、あー…ぁあ」
声を出すと、まるでそれで栓が抜けたかのように、そのまま気合いも抜けてしまった。
「ぅあ〜〜〜」
気の抜けた声をあげたまま、コージは続きを諦めて、ばたりと畳に背をつけた。

 腕を伸ばすと、内職の材料の山にあたって音をたてる。
ただでさえ体の大きな男である。普段ですら手足を延ばせば壁を破りそうな程なのに、その部屋は今、大量の提灯に占領されていた。
膝を曲げて仰向けになった 腹のうえにも、紙を貼りかけた提灯が乗っている。やっと作った飯のタネを壊さないよう、横にどかして丸くなる。
なんとなしにむなしい気分になってため息をついた。
 粗末な長屋の突き当たり、廁の隣にあるコージの部屋は、冬でも微かに臭い。汲み取りの時などは云わずもがなである。
かといって、
「屋移りも出来んしのう…」
「なぁに言っとんだぁか」
 なにげなしに呟いた独り言に答えがきたことで、コージはむくりと上半身を起こした。
廻らせた視線の先には、いつの間にか戸口に立っていた職人風の男の姿がある。
「トットリ」
「差配さんがお呼びっちゃよ。何でも客が来ちょーとか」
町人が浪人にかける言葉としては些か乱暴だが、コージは別に気にした風もなく、逆に下手に出るようにして言葉を返す。
「ほぉか、ありがとさん。ところでトットリ…」
「手伝わんよ」
「………」
「………」
先手を取って断られ、コージは言葉を失った。
 そのまま沈黙が続く、かと思いきや、戸口の外、トットリの横から救いの神−トットリにとっては真逆だが、が現われる。
「そないなこと言わんと、手伝ってあげればええやないの。傘の時はなんや奢ってもらったんどすやろ?」
「アラシヤマ…!」
やわらかな声と物腰で、アラシヤマはコージに同意を求める。トットリとアラシヤマは、コージと同じ長屋の住人である。
渋い表情をするトットリに対し、アラシヤマは飄々と続ける。
「それにあんさん、今日納品終わったばかりやし、暫らくは暇やないの」
 トットリは飾り職人である。
お上に贅沢が禁止されているために、派手な 注文や大きな稼ぎこそないが、一見質素な中に品の良さを感じさせるトットリのかんざしは人気があるらしい。
コージも、向かいの煮物屋のカミさんがほめているのを聞いたこ とがあった。
「そぉじゃトットリ!おアラさんの言うとおりじゃー!また何ぞ奢るけぇ手伝っちょくりぃ!」
「アンタの手伝いは割りに合わん!!アラシヤマも余計なこと言うなや!」
「トットリぃ〜っ!」
「離せぇや暑苦しいっ!」
「手伝ってくれるまでは離さんっ!!」
「それはそうと、差配さんはええんどすの?お客が居らはるんやろ?」
アラシヤマの一言に、それまで頭に血を上らせていたトットリが素に戻る。
「そげだ!コージ、はよ行け!後で僕が怒られる!!」
「じゃったら内職手伝…」
「っっっあーっ!分かった!だけぇはよ行ってこい!!」
 結局、アラシヤマのお陰もあってか、交渉はコージの勝利となった。
内職の片付く算段のたったコージは意気揚揚と差配人の部屋へと向かい、トットリは一先ずコージの部屋の隣にある自分の部屋へ、アラシヤマもそのまた隣の部 屋へと入る。

 何の変哲もない長屋の、晩のしたくにはまだ少し早い時間のことである。






* * * * * * * * * *





 橋の横に人だかりができている。
 その中央から聞こえる威勢のいい声や周囲の人間が何人か紙を持っていることからして、瓦版売りだろう。
人と人の間から、時折ひょいと猿の姿が見えて確信する。どうやら顔馴染みの売り子のようだ。
「おい猿王、一部寄越せ!」
シンタローは人だかりの中心へと足を向けた。


 火付盗賊改とは、その名の通り、江戸市中・近在においての放火・盗賊・博徒の取り締まりをつかさどる幕府の職名である。
町回りの与力・同心、または岡引などでは手に負えないようなものを担当し、その特性からかそれとも特別なことをしているという自負がそうさせるのか、血気 盛んな若いものも多い。
「いっかおめぇら!今度こそはあの鼠小僧さ一泡吹かせてやんだからな!!」
 よく通る声が道にまで響いている。
道行く人々は脚を止め、組屋敷に好奇の視線を寄せる。
驚いた表情の者、またかという顔の者、興味津々な者など、様々な人を尻目に、シンタローは戸を開けた。
「よおミヤギ!張り切ってんなあ」
一斉に振り返る若い衆をものともせず、中心で騒いでいた男に声をかける。ミヤギは自慢の金髪を掻き毟っていた。
「なっ…!シンタロー!オメまたこんなとこさ来てしょっ…」
顔を見るやいなや、今度は慌てて叫びだした口を抑えつけ、瓦版を見せ付ける。

『鼠小僧、またも予告 狙いは壬生町赤玉屋』

ミヤギが内容を読んだことを確認してから、指の力を更に強め、
「面白そうなことになってんじゃん、俺にも関わらせろよ」
にこやかにきっぱりと言い放つシンタローに、ミヤギは心底諦め切った表情を返すのだった。





「したら明日の昼には仕事に行くんだらぁか?」
「そう言われちょるが」
 夜も更けた頃、コージとトットリは馴染みの一膳飯屋にいた。
一膳飯屋とはいっても、この店は夜になると酒もだす。この時間はすでにほぼ酒場状態となっており、昼間程には客もおらず、手伝いの娘二人も帰っているが、 その分気 安い雰囲気が漂っている。
値段の割に料理も酒も旨く、二人だけでなくアラシヤマも気に入っている店だ。
「だども赤玉屋って言えば結構な評判の金貸しだらぁ?既に用心棒も雇っちょーに」
「ほぉじゃのー。何かあったんかのう」

 昼間コージを尋ねてきた客は赤玉屋の番頭だった。
腕の立つ用心棒を雇いたいという言葉に、一も二もなく飛び付いたのだが、今になって疑問が残る。
しかし考えても分からないものは仕方ないわけで、コージは投げ遣りに言い放った。
「まぁ明日になればわかるじゃろう」
「え、ちょ、お二方。知らないんですか?」
 追加の酒を持ってきた店主がコージの台詞に口をはさむ。その顔はかなり意外そうで、昼間は結構な騒ぎでしたよ、と続けた。
「昼間は僕ぁコイツの内職手伝っとったけぇ」
トットリが軽くコージを睨みながら言う。ちなみに内職はもう全部終わらせたので、コージが奢るという名目で此処に来ているのである。
「またですか…大変でしたね。コージさんも早く稼いでツケ返してくださいね」
「そんなことよりも、リキッド、ぬしゃぁ何か知っちょるんか?」
「あぁはいはい。赤玉屋といえば壬生町の金貸しでしょう?心戦長屋のトシさんから聞いたんですけど…」
 ツケのことは無視して話をせがむと、リキッドもあっさりと流して話しだす。
コージは結構な大喰らいなのでツケもそこそこ溜まっているはずなのだが、店主の優先順位としては重要でないらしい。
月一程度の割合で獅子舞だかなまはげだかが荒らしにくるという噂は本当なのか。
ええと、あぁそうだ、などと呟く若い店主は自分が周囲から同情の目で見られていることに気付いていない。
ぽんと手を打ってこう言った。

「鼠小僧!鼠小僧が赤玉屋に予告状だしたんですよ!!」
「鼠小僧?」
「……………え?」
 リキッドは熱を入れて吐いた言葉に反応が薄いことに疑問を持ち、おそるおそる次の台詞を口にする。
「まさかコージさん、鼠小僧まで知らないなんてことは…」
「知らん」
「………っ!!!」
 驚愕という感情をそのまま顔に表してリキッドが仰け反ったのを見て、はて自分はそこまでおかしなことを言ったのかと、コージはトットリに目線で聞いた。
「いや…僕ぁ一応知っちょーけども、そがいに驚く程有名だとは…」
「有名ですよっ!!!」
ばんっ!
 机を叩きリキッドが叫ぶ。
そしてその剣幕にびくりと背筋を伸ばした男二人に対し、延々と鼠小僧の過去の業績を語りだしたのであった。






* * * * * * * * * *



<次へ>