焼けた瓦礫ばかりが広がる中で、何か妙なものを踏んだ感触がした。
ぶにっ、というか、もふっ、というか。
とにかく何か柔らかいものだ。
ブーツを通した足の裏側の感触は確かに硬いコンクリートなのに、からだはふよふよと弾んでいる。


まるで、柔らかい何かが埋まっているような。




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       瓦礫の下(戦 場の二人に30のお題)


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「…………」
ちなみに、ここは戦場である。
正しく言えば戦場だった。
そして放っておけばそのうちまた戦場になるだろう。

他国の軍が駐在していた場所を、アラシヤマ率いるガンマ団の部隊が侵略したのだ。

そんな場所に埋まっているものと言えば……
「………っっっ!!!」
慌てて立ち位置をずらし、足下の瓦礫を退かしにかかる。
「ひ、人やったらどないしよぉっ!!」

すでにアラシヤマの部隊は点呼を済ませて撤退させてある。万が一にもガンマ団の人間でないことは確実だ。
要するに、もし瓦礫の下にあるものが人間だったとしても、敵軍の人間であることにほぼ間違いないということだ。

だがしかし。

ガンマ団はシンタローが総帥になって以来、半殺し稼業を営むようになっている。
つまり殺しはしないということだ。
新総帥の意に沿うためにも、体制が変わったことを周辺諸国にアピールするためにも、殺しはご法度なのである。

もし殺すつもりはなかったのだとしても、ヤバい。
外交問題はもちろんのこと、言い訳など通じる上司ではないし、アラシヤマ自身もそれは嫌だ。

(せやけどっっ、最悪の場合はもう一度……)
「さらに深く埋め直すしかないっちゃねぇ」
「そうどすっ!それしか………て、っっっっ!!!!!?????」

ずざざざざざざざざっ!!!

ふいに背後から聞こえた台詞に無意識に同意をして、すぐさま振り返りつつ音をたてて距離をとる。
ずざざざ…とは、足で地面を擦った音と血の気が引いた音の両方だ。
青い顔で視線を巡らし、見ればそこには、楽しそうににまにま笑っている忍者がいた。






ガタ、ごとと。
「なしてあんさんが此処に居らはるんや」
こんッカララララ。
「キンタローが心配しちょーてな、見張りだっちゃ。僕なんはたまたま」
ずりずりずり。
「心配?何を」
ガツん。
「今まで殺しばーっかりしとったけぇ、今後もうっかり殺すかも、て。
 んで、だとしても隠蔽せんように」
ぐりゴリごりがり。
「ふん、肝の小さいお人や・なっ!!」
ごと、ガごとんッ!!

会話を交わしながら細かい石をどかしていき、最後に少し大きめの瓦礫をてこの原理でひっくり返す。

「で、隠蔽の必要はあるんだァか?」
「…………ない、わなぁ」

通りでふわふわするわけだと納得する。
瓦礫の下にあったのは人間でも死体でもなく。

「熊、の、ぬいぐるみ?」

驚いたようなトットリの言葉に、アラシヤマはただうなずくだけだった。







大きさは丁度人間の赤ん坊くらい。
古びてぼろぼろになってはいるけれど、綿の感触が心地いい。
擦り切れて薄っぺらくなっている布地は、それだけ可愛がられていた証拠だろう。
背中の大きな穴は、瓦礫に埋もれた所為だろうか。

おそらく敵の軍が此処を占拠する以前からあったのだろうが、一応、持ち主が近くに転がってやしないだろうかと確認することにした。
確認しているのはアラシヤマだけで、トットリはぬいぐるみの腹をぶにぶにと押して弾力を楽しんでいるが。
楽しそうな表情と童顔とが合わさって、大の男がぬいぐるみを抱いているという図だというのにあまり違和感がない。

「そないに気に入ったんなら、持って帰ったらええやん」
人がいないことをざっと確認し終わって、トットリに声をかける。
「こがぁなもん別にいらねっちゃよー」
答えつつ、左右から熊の両手を握ってぶんぶかと揺する様が、妙に可愛らしくて逆にいらっとくる程だ。
「せやけど…」
「この熊、十年くらい前にふりかけのCMに出とったんと同じやつだけぇ、なんっか懐かしくて」
「は?」
「子供がな、夜中に両親がふりかけでご飯食べてるの見るんだわや。
 で、大人ってー……て言いながら、こん熊を振りまわすんだっちゃ。覚えとらん?」
「全然」
少しも考えず、アラシヤマは首を横に振った。

見れば思い出すのかもしれないとも思うが、しかしきっと忘れている可能性の方が高い。
というよりも、十年も前のCMの、さらにその中に出演(?)していた熊など、見ていても個体認識していたかどうか。
変なことばかり覚えている男だ。
忍者はみんなそうなのだろうかという恐ろしい考えがアラシヤマの頭をよぎったが、とりあえずそれはないと否定の判断を下す。
理解不能なのは目の前の忍者だけで十分だ。
アラシヤマは呆れと疲れの入り混じった溜息を吐いた。

「わて、そろそろ帰りたいんやけど」
「んー」
置いて帰っても全然かまわないのだが、一応お伺いを立ててみる。
トットリは生返事をしながらファンシーながらの手拭いを取り出した。
何をするのかと思えば、熊の破れた背中を覆うようにして巻きつけている。

そのまま瓦礫の上に座らせて、ぽんぽんと腹を叩く。
「持って帰ったらええのに…」
「だけぇ、いらんて言っちょーが」
「せやけど、やけに気にしてはるやん」
「眠ってたんを掘り返しちまったけぇ、詫びだっちゃ」
熊の腹を手ぬぐいの上からぶにぶに押しつつ、アラシヤマに顔を向けずにトットリは言う。

くるりと体を反転させ、基地の方へと歩き出すトットリを追いながら、アラシヤマは少しだけ視線を熊へと向ける。







かつては持ち主に可愛がられ、先程までは瓦礫の下で眠っていた熊は、

今は一人、瓦礫の上に座っていた。



それは、どこか物悲しい光景。







表情のない熊が、その熱のない身体全体で

一人残されたのを知るくらいなら、瓦礫の下で眠っていたかったと


そう、言っていた。














「熊五郎には悪いことしたっちゃね」
「忍者はんネーミングセンス最悪どすな」




もう基地に着くというところで、トットリがぽつりと漏らす。
その言葉に突っ込みをいれつつも、忍者の考えていることがわかってしまって、アラシヤマは眉を寄せた。





万一の場合が起きた時、きっと自分たちもあぁやって掘り返されるのだろう。
その時すぐにとはいかずとも、きっと、いつか。
仲間たちはそういう奴らだ。


ずっと非日常(戦場)が日常になっているくせに、そういった人間的な感情を大事にする仲間たちに、たまにこそばゆいような気持ちになる。


しかし、同時に、何かがのどに詰まったような、息苦しくて涙が出そうになることも、ある。






そういうところは、認めたくないが自分たちは似ているのだ。










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久々(すぎる)更新、戦場のお題、むっつめ。

瓦礫の下。(熊がいた場所が)


忍者や京都にとっては戦いの中か跡か敵陣中か、そうでなくとも雇い主のもとか、そんなとこで死ぬのがまぁ普通だったんでないかと。
逆にそーやって死ぬことは覚悟していても、殺さず生かして自分も生きて周りを守ってな戦いなんてのは、あの島にいくまで知らなかっただろうと。

すぐに気持ちを切り替えるなんてのは出来ないんじゃないかなぁ。
万一命を落とす羽目になっても瓦礫の下で眠るとか、きっと無理ですよねあのガンマ団じゃ。みんな必死で迎えに来て掘り返して連れて帰るよ。
その気持ちがわかってても、忍者も京都も、残すことも残されることも人一倍嫌がりそうだ…(妄想)。


熊は実際にジマの部屋にいるやつ(熊五郎/銘々親父)がモデル。昔あの大人用のふりかけのCMに同じ熊を発見してびっくらこいたことが有。
そいつ見てる時に、瓦礫の中にいるイメージを思いついたんです。