総帥室へむかう途中、窓から見えたのは光りはじめた白い月。
薄く広がる雲を照らす夕焼けのなか、西には太陽の後を追って沈もうとしている金星が、東には登ったばかりにもかかわらず強く輝く火星があった。
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死番前の戯れ (戦場の二人に30のお題)
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月の出、月の入り、月齢、地蔵薬師の前後をとる。
是、即ち忍者の基本なり。
修行中、何度となく師匠に言われた言葉。
最も、何処へ行こうと街灯の照らす今の日本では殆ど役にはたたないけれど。
それでも、戦場や発展途上国では忍とし
ての知識がすぐれた武器となる。
月、惑星、星座。国と場所によって異なる星空。
季節ごとの空を見、星座の動きから方角と時間を測る。
逆に星影が邪魔になるような時は能天気雲で隠せばいいだけだ。
今の季節、この時間、関東から見える空には西北西にベガ・デネブ・アルタイルの夏の大三角形が、天頂近くにペガサス座とアンドロメダが光り、東南東ではオ
リオンが冬の訪れを待っている。
まぁ、空気の汚れた東京では、能天気雲で隠すまでもなく小さな星なんか見えないわけだけれど。
自然とでるため息を放置しながら半欠けの月を見る。
薄雲に黄色い光をぼやかせながら、西の空でやんわりと輝いているそれは、今現在高度30度程、沈むまでにはあと2時間といったところか。
月が沈み、星が無い夜は忍者の独壇場だ。
そろそろ此処を発ったほうがいいだろう。
体を起こして立ち上がり、屋上から屋内へ入るためのドアに手を掻けようとして、やめる。
そのまま後退してしばらく待つと、10秒程してドアが開き、アラシヤマが顔を覗かせた。
「なんやあんさん、こないなとこに居りましたの?キンタローが探しとりましたえ」
「言われなぁでもすぐ行くがな。星見てただけだっちゃ」
「星ぃ?随分とまたファンシーな趣味どすなぁ…」
「オマエにだけは言われとぉないわいや…」
素でボケているのか、頓狂な声をあげて本気で驚く根暗に反論する気も失せる。
無機物すら友達といってはばからない男に言われるとは思わなかった言葉だ。
「星いうても今日曇りやし、そもそも東京からじゃぁろくに見えませんやろ」
「そげだらぁねー。そこ退けぇや、僕ぁもう行くっちゃよ」
視線を空へとめぐらしながら今だ出入口にたたずむアラシヤマの足を蹴りつつ声をかける。
てっきり抗議するかと思ったら、何か思いついたように口を開いた。
「なぁ、牡牛座ってどこどすか?」
「はぁ?」
「確か馬鹿博士から11月上旬に流星群が見れるって聞いたんどす。数は少ないらしいんやけど、赤く光るって」
お星さまにお願いしたら、友達ぎょーさんできますやろか、などと呟き夢見がちな表情を浮かべる男(身長180以上)、はっきり言わなくても気持ち悪い。一
体何処までファンシーな生物だ。
呆れてものも言えないでいると、何を勘違いしたのかアラシヤマが再度口を開く。
「そや、場所教えてくれたらあんさんのことも祈っといてやりますわ。優しいわてからの有り難い気遣いどすえ?」
「…何を祈るって言うんだらぁか。気持ち悪い。いらんがな、そがいなもん」
目の前の男から目を逸らして悪態を吐くと、先程よりだいぶ高度を下げた月が目に入る。
阿呆な会話に気をとられすぎた、部隊長が遅刻だなんて洒落にもならない。
軽く慌ててアラシヤマを押し退けようとしたが、手を伸ばして邪魔をしてくる。
喧嘩を売っているのだろうか、こちらにはそんなもの買っている時間なんて無い
というのに。
「そうそう死に急ぐもんじゃありまへんえ?お星さまにお願いしたるさかいになぁ」
「だけぇお願いなんてすることなんてねぇって言っちょーが!いい加減に
「あんさんが生きて帰ってこれますようにーってな」
−っ!!!」
「あんさん、死番やろ。連絡のつかない混戦地帯に行って敵を掻き回し隙をつくるやなんて、上層部も無茶なこと言わはりますなぁ」
「…誰かがやらなぁ団が崩れる。僕が一番生き残る可能性が高いんだけぇ当然のことだっちゃ。ええからそこ退け」
「へぇへぇ」
今度は素直に退いたアラシヤマの横を通って屋内へ入る。
擦り抜けざまに空を見ると、月の入りまで一時間もなさそうだった。
「トットリ!何処へ行っていた!?」
「ごめんだっちゃ!ちぃとアラシヤマに捕まっとって!」
「なんだ、それでは話は聞いたのか?」
「話?」
ドッグへむかう途中、キンタローに声をかけられる。
尋ねられたがいまいち意味がわからない。
牡牛座流星群とやらかと言ってみたが、何の話だと逆に一刀両断される。
それでは一体何だというのか。
眉をひそめてキンタローを見ていると、いきなり気まずげに誤られた。
かん、かん、かん、と足音を立てて階段を上る。
どうせむこうはこっちの行動など読んでいるのだろうから、気配を消すなど無駄なことだ。
最後の一段を上り詰め、屋上へと出る扉を開ける。
右手には、今にも姿を隠そうとしている欠けた月。
横目でそれを確認しつつ立ち止まる。
真っ正面のフェンス前にたたずむ男は、頭すら動かさずに話しはじめた。
「キンタローには会えましたか?」
「ばっちり話も聞いてきたっちゃよ」
「混戦状態だった地区から連絡があり、鎮圧に成功したとのこと。一週間後、別地区から援軍として向かったコージの部隊を残して帰還する。
機器トラブルにより連
絡が遅くなった…でっしゃろ?」
「…どげして先に言わんかったんだらぁか」
先程キンタローから伝えられた言葉をすらすらと発する根暗の頭を睨み付ける。
振り向かずともこちらの殺気など感じているだろうに微動だにしない。
そのまま暫らく無言が続き、月の光が消えたとき、アラシヤマが再び口を開いた。
「あんさんが牡牛座の場所教えてくれたら、わても伝えるつもりだったんどすえ?自業自得や」
「目茶苦茶な理屈だがな…そがいに言うほど星見たかったんだらぁか?」
「そうどす。それに、ちゃぁんとあんさんの分も祈ったるつもりでしたえ?」
「………」
こいつの友達のなさは半端ではないし、祈りたくなるのも無理はないかもしれないが、星が願いを叶えるなんて嘘なのは明らかだし、たとえ本当だとしてもアラ
シヤマの祈りがとどくことはないだろう。
まぁそうは言ってもアラシヤマが星に願っていけないという決まりもないわけで。
仕方がないから教えてやるかと、ほんの気紛れとちっっっぽけな同情心から口を開こうとした途端、
「今の時期この時間やと東北東の空高く。南寄りの天頂付近を移動する火星よりは北東低め、プレアデス星団とその下にあるアルデバランを中心とした周辺の星
が牡牛座を形作る…」
京都産の根暗は流暢につっかえることなく一息で言ってくるりと体を反転させこちらを向いて、
「…どすやろ。あんさんふぜいが知っとること、わてが知らんわけあらへんがな」
と言い切った。
あまりのムカつきに声が出ない。いや、いい言葉が思いつかないと言うべきか。まるで言語中枢が麻痺したようだ。
両拳を握りしめながら口をパクパクさせていると、アラシヤマは嘲るようにヘン・と笑い、もう一度半回転して背を向ける。
「トットリはんがミヤギはんに振られて泣きべそかきますようにっ!!」
パン・と両手をあわせ、東北東に向かって拝むその後ろ姿がやけに楽しげに輝いていて、激しく怒りを煽られる。
一気に走って間合いをつめて、ドロップキックを食らわせた。
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戦場のお題、よっつめ。
死番前の戯れ、別題『アラシヤマ殺人事件』。
ドロップキックをくらったアラシヤマ、このあと屋上から落っこちたと思われます。
そりゃもう『ハチミツとクローバー』の山田さんに投げられた森田さんのごとく見事に頭から。
文章的にはまぁ学校の行き帰りに細切れに携帯で作ってパソコンに転送したもんでいつもどおり脈絡の無いかんじなんですが(反省しろよ)、
ていうかこんな美味しそうなお題でこんな色気の無い文を書く自分に乾杯、むしろ完敗。
うっふんシーンは無くともせめてちゅーぐらいしてもいいと思ったんですが…なんでこーなったんだろう。本気で謎です。
ちなみに星と星座の位置関係とか流星群とかは ’05.11.10.前後のものです。でも色々間違ってるかも。