九月。暦の上ではとうに秋でも残暑はまだまだキツイ時期。
「熱…」
「………」
ガンマ団本部、執務室。
そこは本来ならば冷房の効いた涼しい部屋であるはずだ。
しかし、今は外と変わらない程、いやそれ以上の熱気が充満している。
そして、その部屋に、ぐったりと萎れた人影が二つ。
「そこな忍者。死んどるんどすか?」
「普通、そこは生きとるのかって聞くところだがや…」
「なんや。返事がないからくたばりはったかと思いましたわ」
「煩いっちゃ。…大体、なして冷房の修理を馬鹿息子にやらせるんだらぁか」
「さぁ…。馬鹿だから、でっしゃろ…」
ぽつりぽつりと言葉を交わすが、勢いが無い。暑さに対しては耐性のある二人とはいえ、大分ばてているようだ。
「さっき入れた氷がもぅ温いっちゃ…」
「あかん…頭全然働かん」
冷房が壊れ室内気温40℃(計器類が熱を発するため)という殺人的な事態に陥ったことにより、ガンマ団のほぼ全ての部署は休暇処置をとらされた…が、トッ
トリとアラシヤマの二人には小隊長として書かねばならない緊急の書類が残っており。
しかも、そのことで先程派手に喧嘩をしでかしたため、この部屋の熱気は他の場所の比ではない。
「だらずが…炎なんぞだすからこの有様だっちゃ」
「やかましおす。…一応反省はしとりますわ」
「………きしょ」
「燃やしますえ」
珍しく非を認めた京都人を鳥取県民がまぜっかえし、あわや二次災害かと思えば二人同時に力尽きてへなへなと崩れおちる。
「なぁ」
「なんや」
「一辺外出して涼んだほうがいいと思うっちゃ…」
「せやなぁ。このまま此処に居ても干物になるだけどすわ」
「だけぇどっか連れてけ」
「なしてわてが。他のお人に…」
「今此処には僕とオマエの二人しかおらんやろ。それとも到頭別のもんが見れるようになったんだらぁか?」
「…一人で行きなはれ。男二人でデートなんて御免どす」
「何がデートだらぁか。貴様はただの道案内、兼財布だっちゃ」
「その上奢らせる気どすか!?あんさんどこまで暴君なんや!」
けだるげに会話が進むが、そのあまりの内容にアラシヤマが怒声をあげる。
が、視線を向ければ先程まで忍者がいた場所には影もなく。
振り向く間もなくがばちょと背中を押さえられ−…
「んなっ!なにし…」
叫びながら両手を動かすものの相手にはとどかず、あぁふざけるな何のつもりだ背中が暑いしそれ以前に気色悪い…といった非難の台詞を京都弁で吐く間もな
く、背後ですう…と息を吸い込む音が聞こえ。
次の瞬間
ブフーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!!!!!
「ぅ熱ーーーーーーーーーっっっ!!!!????」
いきなり肩に口をつけて息を吐かれた。
これは熱い。
しかも暑い。
湿気もプラスされるため不快指数も急上昇である。
「熱いあついやめなはれっ!」
ブフーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!!!!!
「頼むからやめておくれやすっ!」
ブフーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!!!!!
「わかった!わかりましたわ!!連れてくさかい離し…」
「最初からそう言えばいいんだっちゃ」
「……こんのド腐れ忍者………」
素早く身を遠ざけて肩で息をしながらゴシゴシと口を拭いつつ不敵に笑うトットリに、アラシヤマは軽い殺意を覚えながら呟いた。
◆
◆ ◆
アラシヤマが案内したのは本部に程近い場所にある古びた喫茶店だった。
少しばかり時代遅れの感もあるが落ち着いた内装で、珈琲の香りが染み付いたようなテーブルが歴史を感じさせる。
客は少なく静かで、冷房とファンの回る音が響くのみだった。
「ふーん。結構いいところだらぁね」
「そうでっしゃろ。珈琲も割りと美味いんどすえ」
ガンマ団は基本的に団内の食事処が充実しているため、団員はあまり食事のために外へ出ない。
そのため、この場所は軽い穴場となっているようた。
店の一番奥、入り口からは見えない席に座り、アラシヤマは『店長特製ブレンドコーヒーセット(本日のケーキはチーズケーキ)』、トットリはカフェモカとフ
ルーツタルトをあわせた『ケーキセット』を注文する。
だされた珈琲は香り高く、タルトは新鮮な果物が使われていることが見て取れた。
暫らく無言でそれらを味わっていたが、ふいにアラシヤマが口をひらく。
「甘いもん食べながら甘いもん飲むなんて、よお出来ますな」
「そげなこと僕の勝手だわいや。頭脳労働には糖分が必要なんだっちゃ」
「は・よぉ言いますわ。あんさん傍から見たら阿呆の権化みたいなもんどすえ」
「お前に言われとぉないわいや、だらずの権化が」
「………」
「………………」
ぴりぴりぴり。
結局すぐに会話は途切れ、今度は数少ない他の客が怯えるほどの殺気混じりの怒気を送り合いながらケーキをぱくつくが、やがてトットリが完食する。(ちなみ
にアラシヤマのはまだ3分の1ほど残っている。)
カタンと音を立てて席を立ち、トットリは無言のまま伝票を持って出口へと向かっていった。
「………へ?」
きょとんとするアラシヤマをよそに、清算を済ませるやりとりが聞こえる。。
「ご馳走様ー」
店主へそう言い残し、カランコロンとドアベルを鳴らしてトットリが外へと出ていく音がした。
「…なんやの、あのお人」
呟きながら珈琲を飲み、ケーキを口にする。
さっぱりとした苦みとほんのりとした甘味をゆっくりと味わいながら考えていると、(普段は滅多に鳴らない)携帯が震動した。
差出人はコージからで。
『今日ヌシの誕生日にかこつけて飲み会やるけぇ8時に研究室な』
と、なんとも自分勝手な指示を出され。
研究室という場所に対してどうにも不吉な予感を覚えながら、
今日が自分の誕生日だったということに多少驚きながらも、
トットリの奇妙な行動にようやく合点がいき、アラシヤマは頬がゆるむのを抑えられなかった。
アラシヤマ誕
生日記念突発SS.