男は驚愕のあまり武器を取り落としそうになった。
自分は何か得体の知れないものを追い詰めてしまったのではないか。
震える手で武器を構えなおし、狙いを定めようとするが、意志とは反対に脚はすくみ、気圧されたようにあとじさる。
追い詰めたはずの侵入者は、落ち着き払った様子で振り向き、空の両手を広げていた。
芝居がかったその動きと同時に突如として降り出した雨は、今ではもはや豪雨と言って差し支えないほどの勢いとなっている。
数メートルと離れていない侵入者の姿が、雨に溶けるように、滲み、消えていく。
雨に隠れて見えないだけであったのならばどれほどよいか。
指先から手首、手首から肘、じわりじわり、体の中心へと、順を追って溶けてゆくのだ。
足などは雨粒の跳ね返りでけぶり、既に見えていない。
再び武器を構えなおそうとし、男は今度こそそれを取り落とした。
まるで酸で溶かされたかのように、ドロドロに溶けているではないか。
あまりの出来事に敵からも視線を外し、己の両手を見ればどうだ。
いまや抑えようもないほどに震えている指が、腕が、ずるりぼたりと溶け落ちた。
「―………っひ、ィ!!!」
「…ぇ、…て……。」
声を上げる男の耳に、雨音以外の音が届く。
顔を向ければ、もはや頭と上半身だけになった侵入者が、ぱくぱくと口を動かしている。
“うえ、みてみ”
男が理解したのを見てとってか、侵入者は顔を上へ向ける。
素直にそれにならったのは動揺していたからだろうか。
やけに低い位置に雷雲が浮かんでいるのを認識した瞬間、男は目の前が真っ白に光るのを見た。
* * * * * * * * * *
「なんやごっつう揺れたと思っとったけど、やっぱり忍者はんどしたん」
呟くアラシヤマの手には、コンビニで買ってきた新聞がある。
「どこぞのネクラがボケボケしとったけぇ、仕方なかったんだっちゃわいや」
「あんさんも忍者なら陽動ナシで侵入ぐらい出来るようにしとかんとマズいんとちゃいます?」
ケッ、と喉を鳴らしながらまずそうに珈琲を飲むトットリから目をそらし、アラシヤマは再度新聞を眺める。
急ぎの仕事で下準備もなく、段違いに警備の厳重な敷地内へ侵入しろと言われていたのだ。
多少のトラブルはあって当たり前だし、陽動していたアラシヤマにも非がないと言えば嘘になる。
「しっかしこの警備兵も気の毒になぁ。雷に打たれて頭のネジが飛んでしもたみたいやないの」
「人が消えただの手が溶けるだの言っとるらしいっちゃねぇ、夢でも見んさったんやろ」
「やっと退院してみれば、仕えていた国は敵対しとったはずのガンマ団と友好同盟、まるで浦島太郎やな」
「ついてない奴はどこにでもいるもんだっちゃね」
新聞には、とある国家とガンマ団が突如として友好同盟を組んだこと、その条約があまりにガンマ団に有利であること、その裏では何か重大な取引があったらし
いという噂、
さらにその横に、数日前に突如その国をおそった局地的な雷雨と、それにより重傷を負いながらも奇跡的に助かった男の話が小さく載っていた。
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「…というか、わて、忍者はんが幻術も使えるって初めて知りましたわ」
「は?僕ぁ別に隠しとらんけ、皆知っとるっちゃよ?」
「え、」
「毎年やっとる新年会でも何回か見せとるし。一瞬で種からスイカ育てたり」
「ちょ、なん、新年会とかわて初耳なんやけど!!?」
* * * * * * * * * *
・・・てわけで、幻術忍者でした。
ちょっと前に近所に雷が落ちて、光と振動にすっげー吃驚したのと、
西から雷雲がもくもくしてきて、月とか星とか隠しながらピカピカ光ってすっげーきれいだったのを見たから。思わず。
夏は暑さと日差しと湿気が大嫌いだけど、夕立ちは大好き。
地元は雷も多めで停電とかもしょっちゅうだから、パソコンには要注意だけど、でもわくわくする。
大風や大雨の降る時にこそ しのび夜討ちの便りとはなれ ってな!!